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11月29日現在ナミアゲハの2齢幼虫1匹がレモンの若葉を食べて育っています。さすがハウスの中は日中は20度ぐらいになっています。他にもツマグロヒョウモンの2齢幼虫が2匹タチツボスミレの葉の中で育っています。これらはハウスの床でたまたま発見したので食樹・食草に移動してあげることができました。10日ぐらい前にはナミアゲハやツマグロヒョウモンの成虫がここの屋上に花の蜜を吸いにやってきていましたが、こんなに寒くなってもまだ成虫がサナギから孵り飛んでいるのだなあと関心していたところでした。きっと条件が良ければ産卵もするのでしょう。これからはトンボ飼育池を自然生態系のしくみを念頭にいれたビオトープにしていきます。
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池袋の森の管理

商店街の歴史は江戸時代にさかのぼると板橋宿に至る雑司ヶ谷道の一部として記載されていて、遠くは鎌倉古道の枝道として存在していたように感じられる。当時池袋村の周り1Kmぐらいはすべて関東ローム層の上に雑木林が続いていて雑司ヶ谷方面にはお鷹狩りのための教練所や関連する広大な屋敷が広がっていたところでもあります。(今の雑司ヶ谷墓地)従って池袋全体は歴史の浅い場所でもあります。近くに法明寺や護国寺があり古い街道沿いに発展してきたところでもあります。平和通り商店街は当時多くの人々が旅仕度くをして休憩しながら通過していった場所になります。特に多かったのは庶民といわれる商人が主な通行人であったでしょう。ここは中野宿、板橋宿などの宿場に行く最短距離の為通信手段である早馬や駕籠、馬方の通行も多かったと思います。護国寺の門前が武士の道に対し平和通り商店街は庶民の道であっただろうことはおのずと推測されます。奇跡的に残った街道は利用者が途切れなかったことで現在に至っています。「池袋の森」をこれから当時の池袋村付近の環境に再現すべく努力していきます。すこし欝蒼とした池や沼のような場所に生えていたであろう植物や樹木を選定しながら当時の面影を後世に伝えていくことが平和通り商店街の役割だと考え池袋地名発祥の地であるという誇りも合わせて持てるように頑張りたいと思っています。

ジニアのプランター貸出

ジニアの苗72ポットを植え替えてからようやく花が咲きだしたプランター16鉢を店舗前のスペースに置いてきました。
水やりはお願いしてありますのでこれからが楽しみです。
プロフィール

池袋の森ピース君

Author:池袋の森ピース君
池袋平和通り商店街で、「ナミアゲハ蝶とトンボを育てて飛ばそう!」の活動や江戸時代池袋村の中心であった商店街の歴史調査報告の様子をお知らせします。
主に活動内容や地域の情報を綴ります。
興味のある方は、ちょっと立ち寄ってのぞいて見てください。

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