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御嶽神社の創建と当時の池袋

御鎮座の年代ははっきりしていないが、第106代正親町天皇(1573~1592年)頃といわれ、その百年後の
1687年(貞享4年第113代東山天皇が即位した年),今から326年前に三嶽神社社殿が創建されたとあります。この年は将軍綱吉の治世であり「生類憐みの令」が発布された年でもあります。その翌年がちょうど元禄元年となり、文化のかおり豊かな元禄時代が始まりました。しかし1703年(元禄16年)1924年(大正13年)に起きた関東大震災に匹敵する元禄大震災(M8.1)により年号は宝永に改元され元禄は終わりを告げました。当時池袋村周辺は小さな池を含む湿地帯であったといわれています。それに近くに大きな川もなく灌がいは悪かったようです。しかも東に位置する雑司ヶ谷から豊富に流れ出た水は池袋村の土地の位置が高いため水田に利用することができませんでした。1707年(宝永4年)には富士山の宝永大噴火が起きたので気候は不順であったろうと推測されます。1708年(宝永5年)その為池袋村と近在の村で西に流れる千川上水の使用許可を幕府に申請していました。当時は水の代金として水田1反(300坪)につき米3升(5.4kg・240文ぐらい)を千川氏に払うことで決着したようです。1716年(享保元年)将軍吉宗の時代に池袋村他一帯を鷹狩り場と定めることとなり、あたりには池があり小川も流れていて葦の生い茂るのどかな猟場であっただろうと推測されます。ちなみに池袋村から日本橋までちょうど2里で馬に荷物や人を乗せ引かせると79文で駕籠にすると人足代が53文だったようです。その当時のそば代が8文ですから今の値段に換算すると駕籠代は3千円弱ぐらいになります。現在のタクシー代といったところでしょうか。古代から幾たびかの大きな自然災害に見舞われた人々の記憶が五穀豊穣や社会の安穏を願う気持ちにつながり神社を支え続けてきたのではないでしょうか。
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池袋平和通り商店街で、「ナミアゲハ蝶とトンボを育てて飛ばそう!」の活動や江戸時代池袋村の中心であった商店街の歴史調査報告の様子をお知らせします。
主に活動内容や地域の情報を綴ります。
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